大判例

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大阪高等裁判所 平成9年(行コ)62号 判決

控訴人

大谷健造

外五名

右六名訴訟代理人弁護士

氏家都子

高橋敬

右訴訟復代理人弁護士

永井光弘

被控訴人

建設大臣

関谷勝嗣

右指定代理人

河合裕行

外三名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの連帯負担とする。

事実及び争点

第一 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人が平成八年六月一八日付け建設省告示第一四七九号をもって公告した阪神間都市計画事業芦屋中央震災復興土地区画整理事業の事業計画の認可を取り消す。

第二 事案の概要及び争点

本件事案の概要、争点及び争点にかかる当事者の主張は、次のとおり当審における主張を付加するほか、原判決の事実及び理由の「第二 事案の概要」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決四頁六行目の「本件は、」の次に「土地区画整理法三条の二第二項二号及び被災市街地復興特別措置法五条一項に基づき、住宅・都市整備公団が行う」を加える。

一 控訴人ら

1 原判決は、事業計画の認可がいわゆる「青写真」に過ぎないとする最高裁昭和四一年二月二三日大法廷判決・民集二〇巻二号二七一頁の結論部分に安易に立脚して、土地区画整理事業の事業計画の性格及びその処分性につき誤った判断をしたもので、取消を免れない。

(一) 事業計画の公告による権利制限の直接性、具体性について

事業計画の公告により、施行地区内の土地所有者は、それまでにはなかった法七六条一項の制限及び法八五条の申告義務等を負い、その違反に対し、原状回復、除却等の命令を受け、違反に対し刑罰による制裁を受け、この場合補償もされない等の具体的不利益を現実に受けるのであって、これらは直接かつ具体的な権利制限に他ならない。

(二) 減歩による具体的な権利侵害について

土地区画整理事業は、宅地を削りながら一箇所に集中し、公共用地を生み出す事業であって、減歩は事業の必須の要件である。土地所有者にとって、減歩こそ、土地を奪われ、生活環境の変化を余儀なくされる具体的かつ直接の権利侵害であって、事業計画の決定により減歩が確定すること自体、救済の対象になるというべきである。

(三) 事業計画自体に対する救済手続の必要性について

土地区画整理事業の必要性の有無及びその計画に起因する減歩率、評価の方式、施行地区、事業期間、資金計画など事業計画全体として検討すべき問題については、仮換地・換地処分など個々の段階で、違法・無効等を主張しても、事業計画自体は適法に確定していると主張され、全体の利益を優先する事情判決がされることが多いので、個々の処分の権利救済が実現される可能性は少ない。そのうえ、個々の処分と事業計画自体の違法性は、そもそもその事由を異にするから、個々の処分の段階に至らなければ事業計画自体の適法性を争うことができないとすることは、実質的に土地所有者に権利救済の途を閉ざすことになる。

ことに、本件は、先行する戦災復興土地区画整理事業により、公共設備も整備され、土地の利用増進も図られた地域にある控訴人ら所有土地につき、重ねて本件土地区画整理事業が施行されることにより、二重の大幅な減歩を強いられる控訴人らが、本件土地区画整理事業そのものの必要性を争っているのであるから、既成事実が重ねられる前に事業計画認可そのものの適法性を争わせる実益と必要性がある。

施行地区は、事業計画の認可の時点で確定的に決定される建前となっており(法六条一項、五項、五四条、施行規則五条)、それが公告されると、事業者は、事業計画をもって第三者に対抗できることになり(法五五条)、第三者に対しても施行地区は確定してしまう。したがって、施行地区の編入自体を争う場合は、単に基準だけが定められる事業の概要(施行規則九条)とは異なり、事業計画の認可を争う必要は大である。

(四) 不服申立規定の不存在について

行政不服審作法及び行政不服審作法の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律の立法理由の一として、行政審判その他不服申立制度として現に整備された制度があり、これによらしめるのが適当と認められるものについては、行政不服審査法による不服申立から除外することとした、との点があり、整理法により、土地区画整理事業の事業計画の認可については、利害関係人が知事に意見書の提出ができ、都市計画審議会に付され、意見書の審理については行政不服審査法中行政処分に関する規定を準用するとの条文が加えられた。そして、政府委員の答弁では、整備された制度の存在を理由に不服申立規定が削除された場合には、重ねて異議申立をさせるより、裁判所における訴訟に乗せるべきものと考えていたのである。

従って、意見書に対する決定につき、重ねて行政不服審査法上の異議は許されないが、そうであるからといって行政事件訴訟が許されないことにはならないのである。

2 処分性肯定判決との比較について

土地区画整理事業事業計画決定の処分性を否定した最高裁昭和四一年二月二三日大法廷判決・民集二〇巻二号二七一頁から相当の期間が経過し、その後に現われた次の最高裁判決との比較においても、本件事業計画の認可には処分性が肯定されるべきである。

(一) 最高裁昭和六一年二月一三日判決・民集四〇巻一号一頁

この判決は、土地改良法に基づき市町村の行う土地改良事業の事業実施の認可に処分性を認めたものである。判決は、①事業計画の決定に対応する事業実施の認可が公告されると、土地の形質変更につき、原則として補償しなくともよいものとされていること(土地改良法一二二条二項)、②右事業施工の認可があったときは、工事が着工される運びとなること、③市町村営の土地改良事業につき直接行政訴訟が提起できるとする規定はないが、土地改良法は、国または都道府県営の土地改良事業の事業計画の決定につき取消訴訟の対象となることを当然の前提とする規定(同法八七条一〇項)を置くことから、その実施計画の決定に対応する市町村営の事業実施の認可にも処分性があるとしたものである。

土地改良事業の事業実施の認可と土地区画整理事業の事業計画の認可とを比較すると、両者は、農業地域と都市計画地域とで対象に違いはあるが、開発整備と土地の用途に即した利用増進をねらいとする点で共通であるところ、①については、法には土地の形質変更に対する補償を不要とする規定はないが、法七六条による土地の形質変更に対し補償は予定されていないから同一であり、公告後の土地の形質変更は、土地改良法一〇九条によれば、交換分合計画の公告後初めて農用地の形質変更を禁止されるのに対し、法によれば、公告後一般に禁止される点で利害関係人に対する権利制限はより具体的かつ早期にされる。②については、認可後の手続はほぼ同一である。また、③については、両者とも縦覧後一定期間内に異議申立(土地改良法九六条の二第五項、九条一項)又は意見書の提出(法五五条)ができるが、それに対する知事の決定に対し行政不服審査法による不服申立てはできないとされている(土地改良法八七条九項、法一二七条五項)。土地改良法には、同法八七条六項の農林水産大臣又は知事の決定に対してのみ取消訴訟が提起できる(同条一〇項)との規定があるのに対し、法には同様の規定がないが、前者は、むしろ、取消訴訟の対象を限定したものと解すべきである。

(二) 最高裁昭和六〇年一二月一七日判決・民集三九巻八号一八二一頁

この判決は、法一四条一項、二一条一項に基づく土地区画整理組合の設立の認可に抗告訴訟の対象となる行政処分性を肯定したものであるが、その理由は、①土地区画整理組合の設立認可は、単に設立認可申請にかかる組合の事業計画を確定させるだけのものではなく、施行地区内の宅地所有者等を強制的に組合員をする公法上の法人を成立させ、これに土地区画整理事業を施行する権限を付与する効力を有すること、②土地区画整理組合の成立により、組合員は、役員、総代の選挙権、被選挙権、その解任請求権、総会及び部会の招集請求権、総会及び部会における議決権その他の権利を有するとともに、組合の事業経費を分担する義務を負うものであるから、組合員たる地位を取得すべき者は、組合の設立認可処分の効力を争うにつき法律上の利益を有する、というにある。

まず、①の点については、そのポイントは、施行地区内の土地所有者らが、事業に反対する者をも含め、当然に組合員たる地位を取得し、権利制限を受ける地位に置かれるところにあるところ、施行者が組合か、公団かは、この点で異なるところはない。また、②については、組合員の権利を行使するか否かは自由であるから問題とならず、賦課金の徴収については、組合の総会議決(法三一条)により初めて生じるものであるから、その時点で問題とすれば足り、抽象的な経費分担義務を負う地位にあることを強調して、組合施行と公団施行との違いを論ずるのは不合理である。

(三) 最高裁平成四年一一月二六日判決・民集四六巻八号二六五八頁

この判決は、第二種市街地再開発事業の事業計画決定に処分性を認めたものである。

二 被控訴訴人

1 昭和三七年、整理法により、法一二七条にそれまであった事業計画の認可に対し、利害関係人は訴願を行うことができる旨の規定が削除された。これは、法が、立法政策として、事業計画の認可に処分性を認めていないことを意味する。

2 控訴人らの引用する平成四年判決の理由は、同事業計画決定が公告されると、土地収用法二〇条の事業認定と同一の法律効果を生じ、施行者が同法に基づく収用権限を取得する(都市再開発法六条一項、四項、都市計画法六九条、七〇条一項)。その結果、施行地区の土地所有者は、収用を受けるべき立場に立ち、公告があった日から起算して三〇日以内に対償の払渡しを受けるか、施設部分の譲受け希望の申出をするかの選択を余儀なくされる(都市再開発法一一八条の二項一号)点で、公告された事業計画の決定は、土地所有者等の法的地位に直接影響を与える、ということにある。これを本件と対比すると、法は、施行者に収用権限を付与することを前提とする規定を有しないから(法三条の五第二項が都市計画法六九条から七三条までの適用を排除している。)、本件認可により控訴人らは収用を受ける地位に立たず、又、前記のような選択を余儀なくされる地位にも立たない点で、法的地位に与える効果が全く異なる。

控訴人らの引用する六一年判決、六〇年判決も、本件認可とは事案を異にする。

理由

一  当裁判所は、本件認可には公告された後も処分性はないと判断する。その理由は、特に控訴人の当審における主張について次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由の「第三 争点1に対する判断」欄に記載ととおりであるから、これを引用する。

二  行政不服審査法、行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律の立法過程を考慮しても、本件認可に処分性を与える趣旨であったとは解されない。

三  控訴人らは、本件認可に処分性を認めなければ、土地区画整理事業の開始要件、必要性、施行地区、事業期間、資金計画、減歩率など事業計画の認可により確定される基礎的事項につき、実質上争う機会を奪われる結果となる旨主張する。

しかし、事業計画認可の違法性は個々の後続処分に承継されるから、これらの後続処分に対する抗告訴訟で事業計画認可の違法性を主張することができる。事業計画認可の違法性を、認可公告の直後に争わせるか、より具体的な後続処分のあとで争わせるかは、まさに立法政策の問題である。事業計画の違法の主張が容れられれば、事業の継続が困難となることも生じうるが、それは法が認可に処分性を認めない以上当然に認容していることである。

四  控訴人らはは、最高裁昭和四一年二月二三日大法廷判決・民集二〇巻二号二七一頁から相当の期間が経過し、その後に現われた最高裁判決との比較においても、本件事業計画認可には処分性が肯定されるべきであると主張する。

1  控訴人らの引用する昭和六〇年一二月一七日判決は、土地区画整理組合設立認可(土地区画整理法一四条一項)は、組合に事業を施行する権限を与え、事業区域内の土地所有者は強制的に組合員とされて事業経費を分担する義務(同法四〇条)などを負うに至ることを理由に、これに処分性を認めたものである。

本件認可によっても公団は土地区画整理を施行する具体的権限を与えられる。しかし土地区画整理組合は設立認可により成立するが、公団は本件認可以前に、住宅・都市整備公団法により既に成立存在しており、土地区画整理事業を行うことも事業の内容としている(同法二九条一項六号)点で異なっている。判例においても、都道府県市町村が行う事業決定の認可については処分性が認められていない。

また、公団施行の土地区画整理事業では、その事業経費は公団の負担とされ、事業区域内の土地所有者の負担とはされず、組合員のような権利義務を取得することはない点で大きな差がある。

2  控訴人らの引用する昭和六一年二月一三日判決は、土地改良事業施行認可(土地改良法九六条の二第五項、一〇条一項)につき、この認可につき異議申立を認める規定があると解されることを理由として、これに処分性を認めたものである。

しかし、本件認可については、異議申立を認める規定は存しない。公団の行う土地区画整理事業の計画の認可申請については、利害関係人は意見書を提出することができる(住宅・都市整備公団法四一条)が、これは利害関係人からの意見を事前に採り入れてより良い計画としようとする制度であって、既にされた行政処分に対する不服申立制度とは異なるから、この制度があることをもって、行政処分に対する不服申立方法である抗告訴訟を認める理由とはならない。

3  控訴人らの引用する平成四年一一月二六日判決は、第二種市街地再開発事業計画決定(都市再開発法五一条一項、五四条一項)につき、その公告により市町村は土地収用権限を取得することを理由に、その処分性を認めている。

しかし、土地区画整理事業では土地を収用することは行われないから、この判例を本件に参考とすることはできない。

4  最高裁判所は、平成七年(行ツ)第一二六号同年九月二二日第二小法廷判決、及び平成四年一〇月六日第三小法廷判決・裁判集民事一六六号四一頁において土地区画整理事業の事業計画の決定(土地区画整理法六六条)につき、平成元年二月一六日第一小法廷判決・訟務月報三五巻六号一〇九二頁において土地区画整理事業の設計の概要の認可(同法五二条一項)につき、昭和五〇年八月六日第一小法廷判決・訟務月報二一巻一一号二二一五頁において土地区画整理事業に関し知事のした都市計画決定(都市計画法一五条一項、一二条)につき、裁判官の全員一致で、処分性を認めない判決をしている。

これらによると、最高裁判例からして、本件認可に処分性を認めるべきとは解されない。

五  以上判断のとおり、被控訴人建設大臣が住宅・都市整備公団法四一条により、住宅・都市整備公団にした土地区画整理事業計画の認可は、抗告訴訟の対象とならない。よって同一の判断を示した原判決を維持して本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法六一条、六五条一項但書を適用して主文のとおり判決する

(裁判長裁判官井関正裕 裁判官前坂光雄 裁判官三代川俊一郎)

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